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札幌高等裁判所 昭和23年(ナ)1号 判決 1948年6月03日

主文

本件の訴は之を却下する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が原告に對し昭和二十二年十二月十五日爲したる裁決は之を取消す、訴訟費用は被告の負擔とするとの裁判を求める旨申立て、その請求の原因として原告は昭和二十二年四月三十日執行された江差町會議員選擧に當選し即日江差町選擧管理委員會から當選決定の通知を受け原告は之を承諾して爾來江差町會議員としての職務を遂行し來つたものであるが訴外增田章三より原告の右當選の効力に關し異議を申立て同町選擧管理委員會から排斥されたので更に訴願を申立てたところ被告は昭和二十二年十二月十五日右增田章三を當選人とし原告の當選は之を取消すとの裁決をした。しかし右裁決は次に述べるような理由により誤りである。被告は「一井增田様」と「一井マスダ」の二投票を「一井」は右訴外增田章三の屋號であること及びこの屋號が同人の通稱となつてゐること及び前記二票は何れも一票中に通稱たる屋號と姓とを文字を以て記載した投票と認めこれを有効としてゐるようであるが右投票記載の「一井」は文字を組合した記號であつて他事記載禁止の法規に牴觸し無効なること明かである。そればかりでなく右選擧に當つては昭和二十二年四月二十六日告示の直後各候補者が江差町選擧管理委員會委員長の招集を受け懇談會を催した際各右選擧に於て印屋號を一切用いない事即ち印屋號を記載した投票は無効とする旨の申合せを爲し各候補者は之を承認したものであるから印屋號を記載した前記二票は右申合協定に違反する無効のものというべく從て被告のなした前記裁決は失當であるからその取消を求むるため本訴請求に及んだものであると述べた。(立證省略)

被告代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として訴外增田章三の訴願に對する裁決は昭和二十二年十二月十九日北海道選擧管理委員會告示第百二十一號で告示されてゐるから地方自治法第六十六條第四項により出訴期間は右告示の日の翌日である十二月二十日から三十日以内即ち昭和二十三年一月十八日までである。しかるに本件訴訟は出訴期間經過後である昭和二十三年一月二十六日の提起にかゝり不適法を免れないから訴の却下を求めると述べ、進んで本案について、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負擔とするとの判決を求め、その答辯として原告が江差町會議員に當選したこと、原告主張のような經過により本訴が提起されたることは認めるが原告主張のような申合せのあつたことは知らない、其の他の原告主張事實は總て否認する。假りにかような申合せがあつたとするも何等選擧人の意思を拘束する効力がないのは勿論選擧長に専屬する投票効力の決定權に對し毫も制約を加へるものでないから投票に記載されている事實を卒直に容認して選擧人の意思を尊重して効力を判定すべきものである。本件の「一井增田様」「一井マスダ」と記載した投票は「一」と「井」の各獨立した文字を記載したものであつて之等は何れも增田章三の通稱である屋號の一井と姓又は名(いヽかえれば屋號から轉じた通稱と姓又は名)を文字で記載した投票と認定するを相當とし通稱は爵位、職業、身分、住所又は敬稱に類するもの即ち學位、退職の官名、雅號、筆名等の記載と同じく他事記載と認むべきでないから右二投票は有効たること疑なく被告が右二投票を訴外增田章三に對する有効投票と判定して爲した裁決は正當であり原告の本訴請求は理由がないと述べた。(下略)

理由

原告が昭和二十二年四月三十日執行された江差町議會議員選擧に當選し爾來江差町議會議員としての職務を遂行していたこと、原告の當選の効力に關し訴外增田章三から異議の申立があり江差町選擧管理委員會に於て排斥せられたため訴願の申立を爲したところ被告が昭和二十二年十二月十五日原告主張の二投票を有効として增田章三を當選人とし原告の當選を取消す旨の裁決をしたことはいづれも當事者間に爭がない。しかして右判決に對する訴は裁決書の交付を受けた日又は告示のあつた日から三十日以内に提起することを要するところ右裁決が昭和二十二年十二月十九日北海道選擧管理委員會告示第百二十一號を以て北海道公報に告示されたことは當裁判所に顯著な事實であつて原告から本訴の提起されたのは本件訴状に押捺してある當廰の受付日附に徴し明かなように昭和二十三年一月二十六日であるから出訴期間經過後にかかり不適法なものと謂はねばならない。もつとも成立に爭のない甲第一號證によると右裁決に基いて原告の當選を取消す旨の江差町議會議員選擧長藤枝尊廣の當選取消告知書が原告に昭和二十二年十二月十八日到逹したことを認められるが該告知書はもとより裁決書ではなく訴願事件の當事者でない原告に對し裁決書の交付をなす必要もないので右告知書の到達の日から出訴期間を起算する根據とする理由もない。かようにこの種の訴に出訴期間を設けたのは公共の利害に關係することが深いから、これを長く未確定の状態に置くことを避けるためである。從つてたとへ出訴期間を徒過して裁決が確定し裁判所の裁判を受けられなくなつたとしても憲法第三十二條の裁判を受ける人權を奪つたことにもならないし憲法第七十六條に於て認められた行政機關の裁判に對しては常に裁判所に出訴できる保障を侵したことにもならない。はたしてそうだとすれば原告の本件訴は不適法として却下すべきものと認め訴訟費用の負擔については民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用し主文のように判決する。

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